比嘉のブログ

日記。

新しい地球に到着。よろしくお願いします。

新しい地球に着きました。
3日間もかかりましたが、この地球の自然や動物はもちろんのこと、人々も思いやりで溢れています。

光と愛と思いやりしか、在り得ません。他になにが必要でしょうか。

この地球の人々は、生き延びることへの執着がありません。また、正義のための議論もありません。理屈はありません。
全員が、創造主であるからです。

そして全員が、光と愛と思いやりのみを創造しています。

新しい地球は、住居はありますがそこは我が家ではなく地球の全てが我が家です。
新しい地球は、波動で成り立ちます。肉体が必要なときは肉体を創り出します。不要なときは霊として行動します。 
食事が必要な肉体も不要な肉体も自由自在‥ 新しい創造における肉体の生死は新しい地球では、ただの現象です。

そんな感じです。

※光の新世界秩序は、目的達成のため、解散しました。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

 私には、まだ起こっていることへの混同がありました。
しかし、それはもう無くなりました。

眼前で、起こっていること の代わりに、波動の渦のようなものを感じます。

それは、内側へ入っては出ていきまた入っては出ていき‥

とにかく、強烈なエネルギーです。なにも起こってはいないが、全てが起こっている。起こっていることに中身はなく記号のようです。言葉では表現出来ません。

色で表現をするなら、明るい青と、白です。

あらゆる問題や起こっていることはただの思考の反応がもたらしたことであるということが、改めて、ハッキリとわかりました。

光の新世界秩序は、社会体制でも人間関係でもなんでもなく、既に成され続けている。この瞬間瞬間瞬間に。

自身の肉体的存在が消えつつあるのを感じます。

ありがとうございました。

全人類の覚醒を目指す会

宇宙のあるところに、太郎とマイケルとキャサリンという名の人間らがおりました。

太郎は言いました。「この世は、素晴らしい!」
マイケルは言いました。「愛を学ぶというが、私が愛そのものである!」
キャサリンは言いました。「私は独りではなく、この宇宙の全てよ!」
キャサリンは続けて‥「この肉体の名称はキャサリンであるが、私はキャサリンではない!」

私は生まれていない‥ 私は光である‥ あなたは私の愛の結晶である‥
当たり前のことです。

3人は車で、地球へ向かいました。

そこには、斎藤、田中、伊藤という人間らがおりました。

斎藤「おい田中よ、上司である私に対する態度を改めなさい。」
田中「しかし、あなたの考えは人間的でない」
斎藤「なにをいうか!ゴキブリを見れば速やかに踏み潰すのが当然のことではないか。」
田中「あなたの命令に従うのであれば、私はあなたを踏み潰さなければならない。私はゴキブリに対して愛を尽くそうとしている。それをあなたは阻んでいる。」
伊藤「田中よ。お前の家にゴキブリが入り込んでも知らぬ存ぜぬを決めこむのか。」
田中「そのようなことは言っていない。家の外へ行ってほしければ、ゴキブリに対し、そうお願いをするということである。虫か人間かというだけで、むやみやたらに殺害をするというのは狂っている。」
斎藤伊藤「笑 お前はまず世間の常識を知ることと精神科へ訪ねることをしなければならない。」

結局、ゴキブリはこの隙に部屋の外へ出たが、こんな者が地球で偉そうにし、人々の模範とならねばならない者が嘲笑いを受けるのが、現在の地球人社会であります。

キャサリン一行は、これまで経験したことのないような地球人らの負の想念に、気絶をしました。
〜完〜

私は、なにかを毛嫌いし、殺害までをするために生まれてきたのか。それをして、傷つかないで済むのであろうか。

しかし、ひとたび愛で包まれれば、こんなことは思いもつかない‥ 全人類が、思いもつかなけれぱ、この地球人社会は、これまでのようや問題は起きなくなります。

光の新世界秩序〜全人類の覚醒を目指す会〜

真我意識心自我肉体

真我意識心自我肉体


真我(愛、平和、静寂。宇宙の全存在の家)

意識(真我を物質世界にて表現するための信号を心の次元へ送る役割の次元 そのときの何とも言えない情熱は、バシャールでいうワクワクでしょう。)

心(意識からの信号を受信し、自我(思考)へそれを送信する役割の次元。また、自我(思考)がそれに沿っているかを確認する機能もある。(心が穏やか、苦しいといった感覚です。))

自我(心から放たれた波動を、いざ物質世界にて表現するために肉体を動かす役割の次元。これが単独で作動してきたことにより人間社会に大問題を引き起こし続けてきたが、先の神聖な次元と繋がることにより、素晴らしい役割を果たします。)


肉体(真我が形となり意志を持ちました。まさに神の子という表現が相応しい。)


 私たちは、天国を表現するために生まれてきました。
決して、生まれていない状態で、生まれてきたのです。
それが、自我が真我に気づいている、一体となっているということです。
今、私たちに唯一、必要なことは、この目覚めです。
これは、最も簡単なことです。なにかをするのは、全てこの目覚めの後です。
パパジも言っている、目覚めのためには、なにもしないでください。
まず、目覚めてください。目覚め以前にはなにもありません。
なにかあるように見えますが、それは自我の暴走による幻影にすぎません。

今、なにもしないでください!それによって、目覚めてください!
そのためには、現行社会での役割を失うことにもなり、きっと時間がかかりますが、それも全く問題がなくなります。
私も、義務教育の次の学業を放り投げ、それから6年を迷想に費やしました。

そして遂に目覚めたら!それに基づいて、身体を動かし、語ってください。

それによって、どんどん他の人々にも伝わり、闇側の人々にも爬虫類にも伝わり、「光の新世界秩序」が完成するのです。


終わり。

サイレント街宣

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サイレント街宣

 街宣といえば、駅前等でプラカードや横断幕を拡げ、自分の声を拡声器に通して通行人に対し説教するもんですが、大概の通行人はやかましいとしか感じません。
今どきなら、耳にイヤホンをかけて歩いているような忙しない人間もおります。
耳に入っておったとしても、自宅の玄関までに忘れます。
現社会は、思考の乱用でこんな事になっているので、思考から思考への働きかけではなんも変わりません。
ので、どのようなやり方が良いかといえば、通行人と同化することです。
私たちは、元は一つですから、それに繋がり、そこから街宣をします。
真我から肉体へのみならず、肉体から真我へエネルギーを送信すると、なんらかの作用がある…と思います。
そして、そのエネルギーは意志を持って、通行人へ辿り着く…はずです。
通行人の肉体思考に、真我のエネルギーを強力に送り込むのです。
とりあえず、これを「光の新世界秩序」の活動として毎日(天気の良い日)に、主に天王寺駅前で、やります。
(まあ別に自宅からでも可能やとは思いますが、視覚として人間を捉えつつのほうがやりやすい?ので出撃します。)

終わり。

光の新世界秩序 綱領

光の新世界秩序 綱領

一、私たちは、地球人類共通の目的である、真我への「自我の覚醒」を、地球人類全員が成し遂げ、「光の新世界秩序」を建設するために、ここに集合する。

一、私たちは、地球人類の家族のみならず、全ての自然、宇宙の全ての存在と連帯をして、これを成し遂げる。

一、私たちは、いわゆる反体制革命勢力ではなく、敵はおらず、全ての人々を深淵からの愛で包み込み、覚醒へと導きます。

一、私たちは、全ての立場の人々同士が、これまでの色々な事は放棄し、赦し合い、共に肩を組んで歌える日を実現する。

一、私たちは、ありのままで永久に、愛し、愛されている。

自我について

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 自我を滅せよというが、そうすると、自我が、やめて!そうではない!あなたは間違えている!と叫んでいる気がします。

真理の学びや実践において、ずっと抱えてきたことなので、それについて、しばらく考察しました。

それで、わかった(ような気がする)のは、自我は、真我への目覚めによって、その機能の一部になるのではないのかということです。
迷いの原因ではなくなるということです。

自我(私)はなんでしょう、人生はなんでしょう、この人間という肉体はなんでしょう。ということを見ていけば、それは、真我の表現機能ではないかと感じます。
自我の真我への目覚めによって、人生は旧自我による暗いものではなく、真我と統合した新自我による光に満ちたものになるのではないか。

自我は、思考や記憶の機能があります。それによって、「今」「ありのまま」を感じることが困難になったりしますが、しかし目覚めによって、それに気づくことが可能になりました。そして「今」にあることも可能になりました。
この素晴らしい体験を、生の学びとして記憶する機能として、自我は真我と共に在れるのではないか。
また、その素晴らしい体験を人々や自然と共有するために、思考を使い、言語化し、表現をすることが出来るのではないか。

こう感じるようにすると、腑に落ちます。否定するものが無くなった安らぎといいますか。

決して、生まれてはいないが、(見かけでは)この世に人間として誕生し、活動をしていることにも納得がいきます。その目的もはっきりします。

終わり。