比嘉のブログ

日記。

過去からの解放

 「今」に過去や未来があろうか。「今」は常に「今」であるのに、なぜ過去や未来といったものが入り込むのか。

「今」は過去の結果であるとかいうが、その過去に力を持たせているのは「今」です。

なので、「今」過去と決別し、未来を手放すのです。

1秒前に、詐欺師であろうと悪徳資本家であろうと、「今」賢者であるなら、賢者です。

1秒前に、悪魔であった自分は別人として、別の宇宙にいます。「今」覚醒した自分とは全く関係ありません。

誰かは、過去の自分を覚えているかもしれないが、そんなことの一体なにが問題でしょうか。

また彼らも、「今」にあれていないだけです。記憶という廃墟の中を彷徨っている。

夢の島」とはよい名前ですな。記憶は、過去という夢のゴミの山ともいえる。
そんなものから発せられる誹謗中傷になんの力があろうか。

過去も未来も、概念自体を「今」という宇宙で最も強い力で取っ払って、そこに深く入り込めば、とてつもないものを感じます。そうだ!これだ!という、パワーというか、感覚というか、新鮮というより懐かしく感じます。

ということは、これが本来の状態です。目覚めよ!地球人!


終わり。

会設立のお知らせ。
「真(新)世界秩序」〜REALWORLDORDER〜


 

目覚め

 精神的な目覚めの入り口に到達すると、物質的な物事に対する虚無感に包まれます。
「私」が、経験した素晴らしい目覚めと、周囲の人間たちの行動との隔たりが、なんとも苦しいのです。
しかしこの感覚をよく観察すると、この苦しみは、まだ「私」が残っているからということがわかります。(この誤解に6年間も陥っていた。)

「私」が、目覚めた。
「私」は、悟った。 
他者は、目覚めていない。
世間は、悟っていない。 

たしかに、世間は闇が多いことは間違いないが、それは、世間の、彼らの本質が闇を生み出しているのではありません。
世間は、彼らは、自我によって完全に占領されているのです。
無自覚、無意識の中で生きているのです。なので、自分がなにをしているのか、全くわかっていません。

目覚めに到達した者が必要なことは、世間を許し受け入れ愛することです。それらでもって、世間に対し語りかけることです。
世間から逃れることや、闘うことは、自我の働きです。
かといって、世間の人々と同じように振る舞いなさいということではなく、目覚めに基づいて世間に対応していこうということです。
もしも、この動きが拡がれば、大きな変革に繋がるはずです。

ひとたび、世間の人々が目覚めれば、世間はどうなるでしょうか。

かなり、ワクワクしますね。
自我に塗れている状態では、感じられない情熱が胸の底から、湧き起こります。
ということは、これが人生(目覚め、真我、悟り)が私たちに求めていることです。

目覚めた人から、どんどん発信し、地球人社会に目覚めの輪を拡げていこう!
このブログもその為の一つです。

終わり。