比嘉のブログ

日記。

自我について

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 自我を滅せよというが、そうすると、自我が、やめて!そうではない!あなたは間違えている!と叫んでいる気がします。

真理の学びや実践において、ずっと抱えてきたことなので、それについて、しばらく考察しました。

それで、わかった(ような気がする)のは、自我は、真我への目覚めによって、その機能の一部になるのではないのかということです。
迷いの原因ではなくなるということです。

自我(私)はなんでしょう、人生はなんでしょう、この人間という肉体はなんでしょう。ということを見ていけば、それは、真我の表現機能ではないかと感じます。
自我の真我への目覚めによって、人生は旧自我による暗いものではなく、真我と統合した新自我による光に満ちたものになるのではないか。

自我は、思考や記憶の機能があります。それによって、「今」「ありのまま」を感じることが困難になったりしますが、しかし目覚めによって、それに気づくことが可能になりました。そして「今」にあることも可能になりました。
この素晴らしい体験を、生の学びとして記憶する機能として、自我は真我と共に在れるのではないか。
また、その素晴らしい体験を人々や自然と共有するために、思考を使い、言語化し、表現をすることが出来るのではないか。

こう感じるようにすると、腑に落ちます。否定するものが無くなった安らぎといいますか。

決して、生まれてはいないが、(見かけでは)この世に人間として誕生し、活動をしていることにも納得がいきます。その目的もはっきりします。

終わり。